斑尾だより

斑尾高原 田村ペンションのあるじが、思いつくまま書いています。

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古代の北信濃(3)」

今回見つかった、銅戈(どうか)ですが、私には、銅剣、銅矛、銅鐸などはある程度知識があったのですが、銅戈はあまりなじみのないものでした。
 「どこかで見たことはあるけど・・」という程度の知識でした。まず、字が読めなかった。それで、これまで読んだ古代史の本をもう一度、調べてみましたら、確かによく出てきていました。
 しかし、どうも、銅剣、銅矛、銅鐸に比べて印象が薄い・・・。何でかと考えたのですが、要するに字が読めないくらいですから、それがどんなものなのかが字面を見て直感的にわかっていなかったからです。銅鐸は有名ですし、銅剣、銅矛は、字面でだいたいどんなものかわかりますから。

7号銅戈
 <<最初に見つかった銅戈。ガラスケースの中で、酸化防止のために(窒素充填・・・だったかなあ)の袋に入っているため、きれいに写せませんでした>>

 見てのとおり、これは、古代の武器でした。
 長い木の棒にこれを直角に差し込んで結びつけます。
「矛」や「槍」は刃先が棒のさきにまっすぐに付いていますが、「戈」は、この刃先が直角に付く訳です。これでたたくように突き刺して、敵を殺すというわけです。
 なんとなく、石斧がだんだん進化してきたものだというような気がしませんか?短い棒のさきに、石を縛り付けた道具が、戦いの武器になっていくときにこんなふうに発達したのかも知れないと、私は思いました。
 かなり原始的な武器なのだろうと思います。剣や矛とくらべ、どちらが古いのか、考古学的に説明されたものは見たことがないような気がするのですが、私は、こちらの方が古いと思っています。
 なぜなら、この「戈」という文字。実はとてもなじみがあります。それは「戦」という字の旁(つくり)だからです。「たたかい」「いくさ」を表す漢字の旁に使われたもの、やっぱりこれはとても原始的な武器なのだろうと思います。
 これも余談になりますが、おなじく「戈」を旁に持つ漢字で「戟」という字があります。
 「ちょっと刺激が強いなあ」の「刺激」は今「激」の字が使われますが、元々は、「刺戟」と書かれていたようです。「戟」が常用漢字から外れたため、「激」が代用されています。(今でも、この字を使っている方もあるようです)
 この「戟」というのは、「矛」と「戈」が、ミックスされた武器を表す漢字です。
 棒のさきに「矛」が付き、その下に「戈」が付いた、「ト」の字型の柄の長いものといいますか、槍のさきに横にも垂直に刃が付いた武器だったようです。「戈」が少し進化したものだと思います。
 「刺戟」が強ければ、死んでしまいますね。

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  1. 2008/04/02(水) 09:21:47|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

棒の先

敵を迎え撃つとき棒の先にまっすぐつけて突くとしたら、重くて自由に槍として使えない。やはり直角につけて振り下ろした方が武器としては威力が増すね。
   戦いがあったということは、人口が増え集落が増え地域どうしで様々な権力争いが始まってたんだと思います。
ちょっと変わりますが
  川中島などの戦いのときも槍は結構長く、上から叩いていたと何かで読みました。
  1. 2008/04/02(水) 21:57:33 |
  2. URL |
  3. おらっち #-
  4. [ 編集]

人口

おらっちさん
 弥生時代、この北信地方に、いったいどれくらいの人が住んでいたのか、興味がありますね。遺跡には、集落跡なんかも見つかりますから、各遺跡ごとには、だいたいくれくらい住んでいた、とか、研究者にはわかっているのかなあ・・・
 
 槍でたたく話・・私も前に、映画か何かで、槍でたたき合っているのを見たことがあります。その時「あれ?槍は突き刺すものじゃないの?」と思った記憶がある。あの映画はけっこうちゃんとその辺調べてたんですねぇ・・川中島の戦いだったかどうかは、覚えていませんが・・
 
  1. 2008/04/02(水) 22:54:00 |
  2. URL |
  3. あるじ #-
  4. [ 編集]

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